「不条理」についてのメモ

ある日、いきなり、自分が信じる常識の範囲から大きく逸れた出来事に出会(でくわ)したとする。その出来事がなんとなく理屈に条(そぐ)わなくて、近付くのも気持ち悪いし、はっきり言って理解したくもないから、「不条理」という言葉へ収斂させて封印する。したらば意外に使い心地が好いので、ちょっと歪なものを見ると連発する。
という振舞い方の得意な人が世間にはけっこういる。


書き出しの一行目から汚らわしい生物になったり(『変身』)、
けっきょく城に辿り着けなかったり(『城』)、
書き出しの一行目でママンが死んで、
特に理由はないけど人を殺してしまったり(『異邦人』)、
とかそういう小説のことを「不条理小説」と呼んだりなどして。



そういう人たちは別に「不条理」とかいう言葉について深く考えることはない。
「不条理」という言葉を分解したり、ぶっ壊したり、勘違いしたりすることもない。
だって、訳分からぬものの名前なんだから、訳分からなくても、いいじゃん、とか思って。
それに真面目に考え出すと疲れるし。



なんか、「不条理」っぽいじゃん、カミュとか、カフカとか。みたいに、
蛭子さんや吉田戦車さんにぺたっと「不条理漫画家」っていうラベルを貼って去っていく。他に読む本はいくらでもあるのだという身振り?



なら、近所で殺人事件が起こることは? 犬がいきなり話しかけてくるのは?
もうすぐ21歳にもなるのに妖精が見えると言い張る女の子は? 宇宙人の襲来は?
戦国武将が毎年大量に大量の小説のなかで死ぬことは? 突然の巨大な失恋は?
複数の美女が突然隣家に引っ越して来るのは?
普段これといって事件らしい事件が起こらないことは?



ふつうの言語生活をのほほんと送ってる人ならともかく、
言葉を武器に人を感動させたり敵をやっつけたりするのを、
曲がりなりにも職業や将来の夢にしているのであれば、
あんまりちゃんと考えずにうっかりしたこと言うのは避けたいものですね。